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ケイタイマン その八

人それぞれ
ある日曜、健太は馬券を買った。

ギン「健太、あほちゃうか? 見えへんくせに、競馬の何が面白いねん。他人が乗って、畜生が走るんや。そんなもんにお金かけてどうするんや?」
健太「たまには、ええやんけ。気分転換にもなるし」
ギン「おまえ本当にあほちゃうか。負けて、お金すって後悔するだけや」
健太「やかましい! 今日のレースは面白いんや。ダシマキタマゴマルちゅう馬が出るんや。おれこの名前好きなんや」
ギン「そう言えばオカズヤニヘイていう馬も走っとるな」
健太「おまえよう知っとるやないか」
ギン「そらおまえがあほな顔して見えへんのに見とるから、おれもついつい見てしまうわ」
健太「そーか。まあ最近ヨット乗り出したからもう競馬はやめるわ。趣味は、一つで十分やから。ただ競馬にもドラマがあるんや。しゃーから畜生が走って、他人が乗るなんて言うな。人それぞれ、楽しみといきがいがあるもんや」


太鼓
あるホテルで。
健太は、ある日少林寺拳法の大会の前夜祭に招待された。千人も参加するパーティである。
そこで、兄弟による和太鼓の演奏があった。兄弟の叩く太鼓の音が、会場に鳴り響く。
上半身裸になり、ばちに力が入る。地響きがするように会場が揺れる。少林寺拳法のつわものたちも大きな拍手を送っている。
三十分過ぎただろうか、太鼓の音は鳴り終わった。一瞬静寂が会場を包んだ。そして再び大きな拍手が会場に鳴り響いた。日本の伝統文化はすばらしい。
しゃーけど健太の隣で、「あの兄弟ええ身体してるな。うちの娘のだんなになって欲しいわ」って、ももちゃんのご主人の奥さん言ってたなー。
日本の伝統文化もいろいろな見方があるもんや。


写真
最近、いろいろな携帯電話が販売されている。
態ちゃんの携帯しげおは、写真の機能を備えている。そして、それには熊ちゃんの娘の写真が写されていて、いつも自慢げに健太に見せる。

健太「そらべっぴんやで、奥さんに似て」
ギン「奥さんべっぴんやっての、なんで知ってんの?」
健太「熊ちゃんは、前から面食いやねん」
ギン「それでもわかれへんやん、ひょっとしたらカスつかんでるかもしれへんやん」
健太「熊は、なんだかんだゆうても、絶対妥協せえへんねん。自分の気に入るまでいつまででも待っとる。おまけに今充実してるから、奥さんも人相ええはずや」
ギン「ふーん。いろいろなものの見方があるもんや」
健太「それにしても便利ええな。ちょっとしたもの全部写せるやん」
ギン「今おれら携帯電話にでけへんもん何もないで。すべての情報が、おれらを通じて世界中を駆け巡るんや。これからますます世の中変わるで。健太ええか、そのことふまえて生きていけよ」


浮気
ある炉辺焼き屋で、健太は仲間数人と飲んでいた。そこへ、仲間内の一人の山田さんの奥さんが、山田さんを探しにやって来た。そしてみつけるやいなや「あなた、またこれからあの子のところへ行くんでしょ!」と怒鳴りだした。健太は、何事が起きたのかわからず、ボーッとしていた。

ギン「何かやばそうだぜ、健太」
健太「そうだな」
ほかの仲間は、何が起きているかわかったらしく、「奥さん、まー落ち着いて」と言って奥さんをなだめた。健太はいつものごとく鈍く、ジョッキのビールを飲み干し、焼きおにぎりをほうばった。

ギン「そうとうやばそうだぜ、おにぎりほうばっている場合やないで」
健太「そんなこと言ったって仕方ないやん。行きつくとこまで行きつかな」
山田さんが、「格好悪いから少し落ち着け」と奥さんを諭し、それを聞いた奥さんがますます逆上して怒る。

奥さん「あんた何言ってんのん。ええ歳して」
山田「歳に関係ないやろ」
奥さん「何ー?」
まあまあ奥さん、と面倒見のいい山城さんが割って入る。「今日は我々と飲んでいるだけですから……
そこへ、山田さんの携帯の「ミカちゃん」にメールが入った。やばい! 山田さんが、思わずミカちゃんを隠す。

奥さん「あんた何してんのん。あの子からやな」
山田「違うよ。仕事のメールや」
見ると、メールには「連絡ください 沢井」と書いてあった。よかった、アドレスも名前もでたらめを使ってあった。奥さんはメールを見たが、これだけなら何もわからない。

健太「みかちゃん、実際のところどうなってるん?」
みか「それが……
ギン「そんな野暮なこと聞くな」
健太「しゃーけど、ここまできたらなんとかせなあかんわ」
みか「そうなの、だけど奥さんも悪いと思うわ」
健太「どうゆうことよ?」
みか「山田さんは、真面目な人で、仕事一筋の人なの。お人よしで、今までお金儲けは下手くそで、何度もだまされ会社を潰したの。そして、今度初めて時代に乗って、今の仕事が成功したの。すると奥さんは、ダイヤの指輪を買ったり、上から下までシャネルの服で揃えたり、海外へ買い物ツアーに出かけたり、といった具合なのよ。その間、山田さんはほったらかし。名前だけの夫婦生活。どう思う?」
健太「どう思うったって、よくある話や。まあ今まで奥さんも虐げられてたからな。少し豊かになって、気持ちが解放されたんやろ。普通、男のほうがそうなることが多いけど。山田さんは酒が趣味で、彼女やから。だけど今回の騒ぎは何や?」
みか「山田さんは、別にそんなに彼女に執着してるわけではないのよ。ただの飲み友達よ」
健太「そんなことないやろ、奥さんかんかんや、なんでや?」
ギン「そーや、こんなとこまで追いかけてくるんやから。おかしいで」
みか「奥さん自分も、うしろめたいことしてはるのよ。今通っているスイミングのコーチに気があるみたい。自分が多少うしろめたいことやってるから、余計気が回るのよ」
健太「それなら、おあいこやあないか」
ギン「そーやな。多分、お互いの育った環境が違うから、今豊かになってすべてに余裕ができて、考え方にギャップができたんやなー」
健太「そんなあほなー。今までお互い苦労してきて、お互いを思いやる気持ちはでけへんのん?」
ギン「それができたらこんなことになってへん」
みか「そうなんよ、子育ても終わって、夫婦共通の話題がなくなったのよ、奥さんせめて山田さんの酌ぐらいしてあげればよかったのに。それに、姑さんとうまくいってないのよ」
健太「そりゃあだめだ、うまくいくわけない」
ギン「下手に問題を解決するより、このままいったほうが、解決しやすい」
健太「どういうこと?」
ギン「お互いが納得いくまで今の生活を続けることさ。そうすることで、いいことも悪いことも結果が出る。下手に解決しようとすると、お互いの気持ちに余計負担がかかる」
健太「そうだね」
みか「それじゃあ、私が山田さんを見守っていてあげればいいわね」
ギン「そういうことだね」

山田さんの奥さんは、その日みんなになだめられ、一杯飲んで上機嫌になってその場は収まった。表面上でも収まれば、解決はつく。お互いいろいろな未練と欲があるのだから。


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