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ケイタイマン その七

テレビ取材
ある日、テレビ局が健太の友達のアー君をテレビ取材した。
アー君は脳性マヒで、電動車椅子の生活をしている。
障害者やと思ってなめたらあかんで、アー君は処世術にたけているで。しかしなかなか、すばっしこく、生命力がある。本人は、知能は小学校二、三年生の能力しかないと言っているが、そんなことはない。健太からすれば、牛若丸のような奴である。今ここにいたと思えば、すぐあちらと電動車椅子で自由自在に移動する。目の見えない健太にとって、ちょろちょろとしていて面白い存在である。きれいな女の人を見ると、すぐそこへ行って、声かけとる。ほんまにしゃあない奴や。健太はいつもヨットレースで、彼に負ける。インタビューで、その理由を聞かれた。

聞き手「どうしていつもアー君に負けるんですか?」
健太「どうしてでしょうね?」
ギン「おまえあほか、練習もせんと、ビールばっかり飲んどったら、そら勝てんわ」

その隣でインタビューを聞いていたヤスさんが、ちゃちゃを入れてきた。
ヤス「アーは単細胞、このヨットは単細胞の人に乗りやすいよう作ってある。だからあーは早く走れるんだよ」
みんな爆笑。アー君は、たどたどしい言葉でバカヤローと笑った。
アー「ヤスさん、覚えとけー。もうヨットの乗り方教えたれへんから」
ヤス「えーよ、ビールおごったれへんから」
アー「それ困る」
みんなまたどっと笑った。食べ物には、弱いのー……


人間不信
ある夏の日、健太は自分のマンションでまさおと飲んでいた。
まさおは最近知り合った友達で、とてもすばしっこい。健太はいい気持ちになっていろいろな話をした。おいおい、そんなに気を許していいのか? 健太は特に、目の見えないことの不自由さを訴えた。そしてお互い頑張ろうと言って、その日はいい気持ちで床に入った。翌日、午前六時に起床。起きてまもなくおれが鳴った。健太、まさおからだ。一体こんな早くに何の用事だろう? 何かあやしい雰囲気だ。

まさお「健太さん、今マンションの前にいるんだけど会える?」
健太「どうしたんだい?」
まさお「とにかく、会いたいんだ」
健太「わかった」

三分ほどしてチャイムが鳴った。
健太「まさおさんどうしたんだい?」
まさおが、泣き出して土下座した。

ギン「おいおい、どうなっているんだ?」
まさお「ゴメン、健太さん」
健太「一体どうしたんだ」
まさお「健太さんの引出しからお金を盗ったんだ」
健太「どういうことよ?」
まさお「昨日、健太さんがトイレに行っている間に、引出しの財布の中から十万円盗ったんだ」
健太「えー、本当に? 財布に二十万円入っていたやろ」
まさお「そう、そのうち十万円盗った」
ギン「バカヤロー、お前が悪い! 無造作に引き出しに大金を入れているからや!」
健太「なんでやねん?」
まさお「サラ金に、今日十万円返さなあかんねん」
健太「そんなこと、おれの知ったことやない。おまけに、泥棒やないか」
まさお「なんとかこの十万円貸して、頼む……

健太は少し冷静さを取り戻し、しばらく考えた。
健太「ここで奥さんに電話せー。健太にお金借りるて言え。ほんで代われ」

まさおは健太の言うとおりにした。
まさお「もしもし、おれ。今、健太さんのとこ。健太さんに十万円貸してもらう。健太さんと代わる」
健太「もしもし奥さん、まさおさんにお金貸すから」
奥さん「ありがとうございます」

そう言って、電話を切った。まさおは、四ヶ月でお金を返すと言ってマンションをあとにした。健太は、ただ呆然と立っていた。昨日の、あのまさおの笑顔を思い浮かべて悲しくなった。

健太「あれは、一体なんだったんだ? なー、ギンちゃん」
ギン「嫌なことは忘れて、彼とは二度と付き合うな。そして、人を見る目を養え」


新薬? 良薬?
ある会合の、二次会で。
ある会社の社長が、「健太君、いい水があるんだけど……」と話しかけてきた。
ギン「また水の話や。まやかしものが多いから気をつけよ、健太」
健太「わかった」
社長「いい水なんや。おれの顔色いいやろ、見て」
健太「なるほど、言葉はなめらかやけど顔は見えへん」
社長「そんなことないやろ、おれ男前やから見えるやろ」
健太「僕、べっぴんしか見えへん」
またこんなこと健太のやつ言うとる。ほんまに、しゃーないやっちゃ。みんな、爆笑。

社長「健太、まあええから、今、車にその水置いてあるから、ちょっと行って取って来たる」
二、三分すると、その社長が水を持って嬉しそうに戻ってきた。
社長は「健太君、これ試してみ」と言って、その水を健太の顔と目にふりかけた。その水が少し健太の口に入った。

健太「えーしょっぱいな。おしっこみたい」
社長「何やそれ、健太?」
健太「いや、おしっこの味、こんな感じやねん」
社長「へー? 飲んだことあるん?」
健太「一年半飲んどった、健康のために。よう効いた。おかげで目の発作がなくなった」
社長「本当?」
健太「本当や」

みんな唖然としている。
そう言えば、アンモニア臭いのん、飲んどったなー。よう頑張っとったなー。

健太「良薬口に苦して言うけど、そのつど味が違うんや」
社長「へー」
健太「ほんまやで。ビール飲んだら翌日水臭いし、ワイン飲んだら酸っぱいし、酒飲んだらねばねばしてる、つくり食べたら醤油の味や。前の晩の食事がようわかる。だけどよう効くんや」
 
みんなびっくり。
世の中には、不思議なことがあるものや。生かされていること自体が、不思議やから。健太は、面白い経験ばっかりしているね。


目ゲーム
おれと健太は、ひまなとき「目ゲーム」をする。
見えない健太の目を利用して遊ぶのである。たまに、ももちゃんと、パソコンのみっちゃんも加わる。それが結構面白い。
健太がまず、目をつむる。普通の人は、目をつむると何も見えない。だが、健太の目はちょっと変わっている。目を開けていてもほとんど見えないが、目をつむるとけったいなものが見えてくる。ゴキブリである。正確にはゴキブリのようなものである。そしてそれを使ってゴキちゃんレースをするのである。
ゴキちゃんレースのはじまり、はじまり。目の中がレース会場なのだ。レースは目の中を一周し、一番早い者が勝ちである。誰が勝つかを当てるのだ。そして、勝ったゴキちゃんに賭けていた人が勝ちである。勝った人は賞品として、その日に一番したいことが叶えられる。
ところがゴールにゴキちゃんがたどり着くまでにいろいろな誘惑がある。チーズ、りんご、たまねぎなどいろいろな食べ物である。それに惑わされずにゴールにたどり着くのは大変なことだ。
第一のコース太郎ちゃん、第二のコース花子さん、第三のコーススミレちゃん、第四のコース一郎君。
今日、健太はスミレちゃんに、おれは太郎ちゃんに、ももちゃんは一郎君に、みっちゃんは花子さんに賭けた。レースがスタートし、ゴキちゃんが走り出した。ところが案の定、みんな誘惑に乗って勝手な方向に向かいだした。りんごをかじり、チーズを食べ、腹いっぱいでひと休みと言った具合だ。おまけに、スミレちゃんと太郎ちゃんなどはチュッチュする始末。みんな興奮して、罵声を浴びせる。
そんなことどこ吹く風のゴキチャン。結果、一郎ちゃんが一番にゴールにたどり着いた。ももちゃんの勝ちだ。

もも「わーやった。健ちゃん、私たまちゃんみたいなヴィトンのポシェットに入れてほしい!」
健太「わかった。ご主人さんに言ってあげる」
もも「ありがとう」
ギン「いいなー」
健太「おまえにも、またいいの買ってやる」

そんなことまた言って、そのお金、酒に消えてしまうんだ。
人間社会も同じである。世の中には、いろいろな誘惑がある。それを乗り越え自分の信念を貫いた者だけが、願いを叶えられる。頭がいいとか悪いとか、恵まれているとかいないとか、運がいいとか悪いとか、障害があるとかないとか、一切関係ないのである。



健太には、大きな夢がある。とてつもない夢である。
人に役立つ物づくりがしたいというのだ。いつも人に世話をかけている健太が、何を思ったのだろう?

ギン「おれは人に役立つ前に、人に世話や迷惑をかけたりしないようにすることが大切なんじゃあないのかと思うんだが?」
健太「そうじゃあない。人は一人では生きていけないんだ。たとえ健常者でも、一人では生きていけないんだ。誰かに世話になったり迷惑をかけているんだ。だから、そんなことは考えず、人に一つでも役立つことがしたいんだ。ギンちゃん、頼むからおれに協力してくれ」
ギン「わかった。ただ、おれは人間じゃあないので健太とは多少発想が違うよ」
健太「そんなことは関係ない。すべて心だよ。人じゃあなくても心と魂はある」
ギン「わかった」

みっちゃん「それにしてもギンちゃんと健太、珍しく真面目な話してるな。いつも漫才してるのに。一体何ができるやら? おれも仲間に入れてほしいな」


いきがい
健太のまわりには、犬好きの人がたくさんいる。
ある日のワンちゃん談議でのこと。

ボランティア1「私とこのマミちゃん手術したの、ずいぶんやせたわ」
健太「何の手術したの?」
ボランティア1「乳がんの」
健太「えー。ワンちゃんに、そんな病気あるの?」
ボランティア1「あるわよ、人と同じよ」
健太「えー? ほんと?」
ボランティア1「ほんとよ、健ちゃん」
ボランティア2「そうよ。私んとこのまーちゃんも、乳がんの手術したのよ」
健太「そうなの? どうして乳がんってわかったの?」
ボランティア2「だっこしていて、たまたまおっぱいに触れたらしこりができていたので気がついたの。早くてよかったわ。ワンちゃんのおっぱいって、一つガンにかかったら、六つあるおっぱい全部取ってしまわないとだめみたい」
健太「どうして?」
ボランティア2「全部のおっぱいの乳腺が、つながっているかららしいよ」
健太「へー。そうなんや、知らんかった。それにしても、この頃病気まで人と同じやなー。そう言えば、僕の会社で働いている人んとこのワンちゃん、老人性白内障で目が見えへんって言っとった。家の中で飼っているんやけど、テーブルや椅子にしょっちゅうぶち当たってこけとるって言っとった」
ギン「ワンちゃん用の白杖ないんか? もっともお前みたいに白杖使うの下手くそやったらあかんけど」
健太「そのワンちゃん、散歩に連れて行こうとしたら嫌がるんや。目が見えへんもんやから外に出るの嫌がるんや」
ギン「人間と同じやなー。犬は、散歩好きやねんけどなー」
健太「そのワンちゃんが、老衰で亡くなったんや。そのとき、葬式してお墓まで建てたんや」
ギン「ほんとにワンちゃんも、家族の一員や。いきがいや」


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