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ケイタイマン その四

ギンちゃんの悩み
健太がいつものように帰る用意をしていると、おれが鳴った。
電話の相手は健太のブラインドの友達、小村君である。小村君は幼い頃から目が不自由で、ブラインドとしての教育を十分受けており、健太とは比べ物にならないぐらい自立している。健太はいつも、彼からブラインドに必要な情報を教えてもらっている。その彼が、「健太、いい情報があるんだけど」と言ってきた。

小村「携帯電話のことだけど、三ヶ月ぐらいしたら新しいタイプのしゃべる携帯電話が発売されるみたい。今出ているしゃべる携帯より、機能が良くなっていると思うけど」
健太「おれのはしゃべらない普通の携帯だから、三ヶ月待つか?」
そんなことを話して、健太は電話を切った。

おいおい、おれはお払い箱か? 何を言い出すんだ。
おれは健太の一番の親友じゃあないのか?
いつも困ったときおれを利用してるくせに。
おれは、健太の秘密をすべて知っているのに。

やーめた、愚痴るのは……。ねちねち言うのは嫌や。おれはイルカのような心を持ちたい。無償の愛を持ちたい。神様、いい知恵をお授けください、お願いします。しかし、健太はおれの存在に気が付いていないし、本当に困ったなー。ちょっと何かいい方法ないか考えてみよーっと。
アーそうだ! 健太の前の携帯「健一」は、水死だったんだ。ヨットのレースのときに連れていって、海水につけてしまったのだ。そして、魂までぶっ潰れ、ほかの魂に変身し、二度と携帯電話として生まれ変わることができなかったんだ。
「健一」は今は石の魂に変わり、北港のヨットハーバーに眠っている。そして健太と健太の仲間を見守っている。そのことに健太は気付いていないが……
「健一」を失ってから、健太はそれに懲りて水のあるところにはおれを連れていかないんだ。必ず袋に入れておれを置いていく。そんなとき、おれはいつも遠くから彼を眺めている。健太はちゃんとおれを危険から守っていてくれている。
そうだ、新しい携帯を健太が買ったら、新しいものには魂がないんだから、おれがそのまま魂だけ新しいものに移ったらいいんだ! 要はおれが水に溺れたり、何かにぶち当たって壊れたりしなければ、健太とずーっと一緒にいられるんだ。よかった。神様に、健太と一緒にいられるように祈ろう。


喜び
十月二日、おれにとって運命のときがやってきた。
健太がいよいよ携帯電話、すなわちおれを変える。今度はしゃべる機能を持ったものだ。おれに口ができるのだ。だが、おれの思いは伝えられない。ただ画面を健太に読んであげられるだけだ。最も、それでもおれにとっては大きな進歩である。おれが健太と接する機会が増える。嬉しいことだ。
午後一時、携帯電話のショップに行った。
いよいよ魂だけ新しいものに乗り換えるのだ。おれは、健太の手から離れ、店員さんの手に移った。そこでパソコンと繋げられ、うまく魂だけ乗り移ることができた。新しい携帯は、意外と居心地がよかった。折りたたみではあったが、スペースが広く驚いた。これが今日から我が家なのだ。喜びがにじみわいた。これからどんなモバイルライフ送れるんやろ、楽しみやなー。


逆立ち
ある土曜の夜、北港で。
いつものように本田さんとヨットのキャビンの中で、ほかの仲間と鍋をつついていた。健太、本当においしそうに酒飲んでるな。おれにも一杯だけでええから飲ませてくれへんか? 気持ちよさそうやなー。
そこへ、山野老人が入ってきた。山野さんは北港の主のような人で、毎週泊まりがけでヨットに来る。

山野「健太君久しぶり。おいしそうに鍋、つついてるな」
健太「山野さんも、いかがですか?」
山野「そうさせてもらうか」

お前はええなー、いつもみんなに面倒見てもーて感謝せーよ。
そして、宴もたけなわの頃のこと。

健太「それにしてもお元気ですね。夏はヨット、冬はスキーにスノボー。七十歳を超えた老人には思えませんね」
山野「そうだ。おれは若いんだ。健太、逆立ちもできるんだ」
健太「えー? 本当に?」
山野「本当や。見せてやろう」
健太「見せてやろうたって、こんな狭いところで」
山野「大丈夫」
健太「そうは言ったて。僕、見えてないのに」
山野「かまへん。見せてやろ」

そう言って、山野老人は逆立ちを始めた。
山野「健太どうや、できたやろう」

みんな爆笑。見えない健太に、逆立ちのパフォーマンス。
老人は、健太が見えていないことを意識していないみたいだった。健太が見えていようが見えていまいが、要は健太に逆立ちを見せたかったのだ。健太、お前に逆立ちを見せているときの山野老人の笑顔は最高やったで。人間関係には障害は関係ないのだ。


ストーカー
その日、おれは久しぶりにももちゃんとデートしていた。
そこへ携帯電話仲間のたまちゃんが遊びに来た。

ギン「たまちゃん久しぶり。ご主人元気?」
たま「うん、なんとか」
ギン「ところでご主人の前の悪い癖、なくなった?」
たま「うん、それがね……

たまちゃんのご主人ののぶおときたら、不倫していたみたい。それも、たまちゃんの携帯友達「さとる」のご主人のはるなさんと。
たまちゃんもさとるも、いつも会話を聞きながら冷や冷やしていた。諭したいけれど、どうにもならない。お互い割り切っているから始末が悪い。だけどはるなさんは気が強く、ついにのぶおと別れるはめになってしまった。しかし別れる間際に大もめにもめ、のぶおはたまちゃんを使って日に何十回もはるなさんに電話をかけ、ストーカー行為をしてしまった。それが二ヶ月も三ヶ月も続いた。おかげでたまちゃんとさとるは、へとへとになってしまった。
不倫するのは勝手だけど、もっとうまくやってほしいもんだ。どうせのぶおは、また何かしでかすと思うけど。奥さんは、のぶおのこんな悪癖を知っているのかね? 我々携帯も、ご主人次第で一生が変わるね。これがいわゆる、現代の社会問題だね。誰にも知られずに、自分だけの世界に引きこもってしまう……。家族も友達も、誰もその人の本性を知らない。気付いたときには、もう遅い。誰も、理解者がいないのだ……


お人よし
おれの友達の携帯電話仲間「ひろし」のご主人、山下さんは、すごい生活をしている。いわゆる住所不定である。
山下さんは六十歳の定年のとき、奥さんに捨てられた。別れた理由は、性格の不一致ということらしい。定年離婚だ。収入は減るし、泣きっ面に蜂だ。もっとも仕事とはいえ、毎日午前様では奥さんもキレるわな。娘さんが就職を決めた翌日、いきなり離婚話をされたそうだ。
山下さんはあっさりした人で、離婚話をされた晩、自分の家財道具をワゴン車に詰め込み、すぐに家を出た。ところが、一銭のお金もないのに家を出たものだからさあ大変。おまけにサラ金から多少借金があった。住む家もなく、車の中での生活が始まった。夏はとても暑く、冬はとても寒い。そんな生活が、一年あまりも続いた。それは、すごいもんやった。涙が出てきたで。おれらは、宿無しが当たり前やし体が小さいからかまへんけど……
それでも、頑張ったおかげでついにアパートを借りることができ、サラ金の借り入れも減った。アパートを借りたとき、山下さんは畳の上でごろんと横になれることを大変喜んだ。日本人は、やっぱり畳や。特に年寄りは……
それからしばらくたって、納得いかないことが起きた。元奥さんと娘さんが、病気で働けないから仕送りをしてくれと言ってきたのだ。この話を聞いて健太も驚いた。理由はともあれ、自分たちが山下さんを捨てたのに、なんてこった! ところが山下さんはこれに応じた。自分の生活を切り詰め仕送りをした。自分が蒔いた種や、仕方がないと言うんだ。娘に責任はないと言うんだ。まったく、お人よしもいいところだ。おれには理解できない。人間社会はそんなにしがらみが大切なのか?
だが、そんなお人よしの山下さんを、健太は好きみたい。
結婚って何なんやろ?


ダイナミック
世の中には、「夢を見る」とか「夢を買う」とか言って、宝くじを買う人がたくさんいる。
夢だから楽しいし、買わなければもちろん当たる可能性もない。

ある日、おれの携帯電話友達「サブちゃん」のご主人が、年末ジャンボ宝くじを買った。
ギン「サブちゃん、ご主人宝くじ買ったんだって?」
サブ「うん、それが……
ギン「どうしたんだい?」
サブ「宝くじを買った日に、初めてのボーナスをもらったんだ」
ギン「よかったじゃあないの」
サブ「それが、ボーナス全部、宝くじに使ってしまったんだ」
ギン「えー?」
サブ「ボーナスは、ボーナスだからないものとして、夢を買ったんだ」
ギン「そりゃすごい。それでいくら買ったんだい?」
サブ「三十万円」
ギン「そりゃすごい! よくやるね! それにしても、初の冬のボーナスにしては、たくさんもらえるね」
サブ「そうだね。ぼくのご主人よく働くから。だけど、遊ぶのもよく遊ぶんだ。副業は、パチプロなんだ。だからいつも、財布に三十万円ぐらい入ってるよ」
ギン「えーそんなに!」
サブ「そうなんだ。朝から終わりまで同じ台で、打って一度も入らなかったら二十万円いるらしいんだ。だからそれだけ軍資金をいつも持っているんだ。だけど一つだけ感心していることがある。いつも、同じパチンコ屋の同じ台で打つんだけど、大晦日にはタオルでその台を拭き、柏手を打ってお礼するんだ。初打ちのときにも、同じように柏手を打ってその一年の祈願をするんだ」
ギン「まわりの人、変に思っているんでは……?」
サブ「そうだろうね。だけど、本人は真剣そのものだよ」
ギン「パチンコ台に、魂が住んでいることを知っているんだろうね。とにかく、彼のやることはいつもダイナミックだね」


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