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ケイタイマン その五

おもちゃ? 奇跡?
おれが、新しい宿に魂を乗り換えて数日がたった。
健太はおれに触り、おもちゃにし出した。おれがしゃべるのが面白いらしい。
そしてついにおれにしゃべりかけてきた。
健太「おまえ賢いな、こりゃええわ」

何を言ってるんだ、おれはおまえより頭もいいし、男前だ。おまえよりもてるんや。

健太「これから便利になるわ」
やった! やった。やった。やった。健太がおれの存在を、認めた……。ひょっとしたら健太と会話ができるかもしれない。嬉しい。期待しよう。


医者
健太が病院に入院していた頃の話。
週に一度、教授診察というのがある。それが、実に面白い。午前十時に始まる。
この日は、いつもの診察と違い、まるで時代錯誤を起こしたような感じがした。というのも、診察前に患者さんが診察室の前で行列になって待つ。そこへ教授が、六、七人のインターンや助教授を従えて診察室に入ってくる。まるで王様と家来みたいな関係である。その後、診察が始まるのだ。ある日の健太の回診のときである。教授は右目を診察した。

教授「いいじゃあないか、きれいなもんだ」
助手「あのう、教授、左目を手術したんですけれども……
教授「アーそうか、どうりできれいと思った」
そう言って、今度は左目を診察した。

おいおい、手術したかどうかも自分で判断つかないのか? いいかげんなものだ。こりゃあ医療ミスが起きて当たり前だ。偉そうにするのはいいが、自分自身にもっと厳しくしてほしいもんだ。こんなこと大したことではないかもしれないが……。医者ぐらい、尊敬されたり恨まれたり、天国と地獄の職業はないな。


自慢
健太は外出するのにタクシーをよく使う。
ある日のこと。健太はタクシーの中でいつものようにおれを使って電話し始めた。まず検索をした。おれは健太の指示通り、相手の名前を探し、声を出して案内した。そして、電話をかけた。電話が終わった後、タクシーの運転手さんが「携帯しゃべるんですね」と話しかけてきた。
健太「そうなんですよ、便利でしょ、気に入っているんです。これから使い方覚えてもっと利用しようと思っているんです」
運転手「ああ、そうですか。それはいいことです。頑張ってくださいね」
健太「ありがとう」

健太は、本当におれが気に入っているみたいだ。よかった。
おれを利用するのにも慣れてきている。
いよいよこれから、おれと魂の会話ができる。ありがたい。


魂の会話
おれは、いつもももちゃんと会話するとき、魂のやりとりで会話する。
したがって音はしない。また、魂であるから嘘がない。嘘がないというより、「嘘」という言葉や概念がない。いつも、言葉が額面通りである。だから会話が楽でとても楽しい。人間社会みたいに考えてしゃべる必要がない。損得感情、上下関係、善と悪など一切関係ない。あるのは、生と死、愛と喜びだけだ。
しかし人間社会で生きていくには、そういうわけにはいかんわなー。


祈り
パソコンのみっちゃんの画面を健太が開き、受信メールの確認をした。
一通、メールが届いていた。それを見て、みっちゃんも、おれも、健太も、アッと一瞬頭の中が空っぽになった。メールには、りかちゃんのことが書いてあった。彼女は明日、手術なのだ。忘れていた。本人は、必死。ガンだそうだ。足の骨を人工骨にし、やっと治ったと思ったら、今度は首にポリープだ。声が出なくなるかもしれないらしい。本人にすれば生死に関わることだから本当に大変。言葉にならない。だが何もしてあげられない。ただ神に祈るだけだ。
りかちゃんの魂と会話しよう。そして励ましてあげよう。我々の世界は魂だけだ。辛いことなど何一つない。解決のしない問題など何一つない。
その超能力をりかちゃんに授けてください。お願いします……


ギンちゃんと健太の会話
ある晩、健太は飲み屋の帰り、おれを触り、魂語でしゃべりかけてきた。
口は動かないが、しっかりした口調だった。ついに魂語をマスターしたようだ。

健太「おい、いつも世話になってありがとう。おまえの名前は何ていうんだ?」
ギン「ギンだ」
健太「そうか」
健太「おれは、健太だ。これからもよろしく頼む」
ギン「わかった。おれのほうもよろしく。ところで健太、どうして魂語がわかるようになったんだ?」
健太「わからない。ただ目が見えないようになって、見えるものを信じなくなったせいかもしれない」
ギン「そうじゃあないだろ。生かされている、奇跡に気付いたんじゃあないのか? 生かされている喜びと……。ただ魂の会話には、嘘はつけないぞ健太。いいな?」
健太「わかっている」
ギン「自分の損得感情も通じないぞ、いいか?」
健太「わかった。ギンちゃんとならいい」
ギン「そうか。それならいい。これからお互い助け合おう」


バリアフリー
ある日、健太はバリアフリーに力を入れている会社へ、会合のため訪問した。
そこは木工所で、木のことなら何でも取り組んでいる。
二階の作業場で会合は行われたのだが、案内されてびっくりした。作業場は広くてよかったが、二階へ上がる階段がでたらめだった。というのも、大昔に端材で作ったのであろう。階段の一つ一つの段の高さと、幅がばらばらで手すりも途中からない。社長は、たぶんオヤジの作った階段に、執着と思い入れがあるのだろう。健太、おまえ階段の上り下り苦労してたな。こけかけとったなー。
が、しかしバリアフリーの提案をする会社を目指すのであれば、これはまずい。人にまず手本を見せないとだめだ。子どもは親の背中を見て育つのである。理屈などない。社長は、社員教育するために、自らを御さないとだめである。社員は社長の鏡であり、社長は社員の鏡であり、社屋は社長、社員の鏡である。すべて繋がってるのである。建物の規模や建て方はともかく、建物には建物の魂があり、自然の摂理に基づいているのである。したがって、人間と同じようなケアをしてあげなければだめなのだ。

みっちゃん「そうや、健太の会社もあまりきれいことないなー」
健太   「会社の建物が古いからなー。しゃーけどうちの社長、なんべんも改装してちょっとでもきれいにしようとしとった」


社員教育
健太の会社には、個性の強い人が多く働いている。
ある日、自社の小売店から受発注のことで販売員が怒鳴って電話してきた。
「商品を何回カットしても毎日来るし、追加しても追加分が来ない。どうなってるの?」

そこで、健太は、現場の担当者に問い合わせた。
健太「煮ぶた、何度カットしても店に来るって店員さん言っているよ」
担当者「煮ぶた、カットしてますよ」
健太「えー? キャンセルだよ、いらないっていうことだよ?」
担当者「薄く切って持っていくということじゃあないの?」
健太「違う! 前から薄く切って持っていっているじゃない! キャンセルってことだよ、煮ぶたがいらないってことだよ。カットというのは、切ることじゃあなく、いらないってことだよ!」
担当者「わかりました」
健太「今さらよく言うよ。こんな勘違い信じられないね。ところで高野豆腐は? なんべん追加しても、追加分来ないって言ってるよ」
担当者「私、注文書見てないもん」
健太「どうして?」
担当者「のりお君が、黒板に書いた連絡事項だけ見てあとは毎日同じだけ作って持っていってもらうようにしてるから」
健太「黒板の連絡事項は、注意事項が書いてあるだけで注文の数は書いてないでしょ。アーアーこりゃあだめだ。まともに商品がいくわけがない。これから注文書よく見てね。自分の店だからいいものの、注文書も見ないで商品作るとは本当に困ったもんだ。社員教育は大切だね」

まったく、社員教育以前の問題だ。責任者出て来い! ため息が出るわ。もっと自分の仕事に喜びを持って働けば、商品に対する愛情とみんなに対する心遣いが出てくると思うがな。自分自身が変わらないと人は変わらないんだ。すべての原因は、自分自身にあるんだ。


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