・あっちこっちの天神さん

佐太天神宮

佐太天神宮
菅原道真の御領地であった当地に、太宰府左遷の途中で滞在された時、出立のおり自作の木像や自画像を残され、そして道真の死後50年の天暦年間に祠を建てたのが、佐太天神宮の創建とされています。文楽や歌舞伎の演目『菅原伝授手習鑑』のうち「佐太村の段」での舞台でもあります。

現在の社殿は、江戸時代老中を務め淀城主でもあった永井尚政・尚庸父子、大坂の豪商であった淀屋辰五郎らの保護や支援を受けて、整備されたもの。本殿は江戸初期の建築様式として貴重な建造物とされています。また佐太天神宮には、江戸時代初期の美術作品も数多く奉納されており、室町時代(文安3年/1446年)の箱書のある「天神縁起絵巻」六巻や、永井公より寄進された狩野探幽の十一面観音画像など、歴史的にも貴重なものが見られます。大和守安定の金梨子地塗糸太刀拵など、江戸初期の作品は大阪府指定有形文化財になっています。

本殿・拝殿のほかに、佐太戎社、稲荷社、白太夫社、愛宕社が祀られ、淀屋寄進の石井筒や、明治天皇大阪行幸の碑などが参道や境内で見ることが出来ます。参道から淀川に向かって真っすぐに歩くと、国道1号線(旧・京街道)を隔てたところに「淀川筋佐太渡船場」の碑も見受けられます。


菅公水鏡の池
道真が佐太に滞在された時、この池に自分の姿を写して、自画像を描いたといわれています。