ケイタイマン・その9

障害者
北港のヨットの練習日。
障害者のヨット練習が始まって四年が過ぎ、だんだん参加者が増えてきた。それにつれて、いろいろな障害を持っている方が出入りするようにり、楽しいジョークも飛び出し、健常者との隔たりもない。ありがたいことである。この日はみんなで自分の障害について話していた。


健太 「おれは視力障害と、右半身に少し小児マヒがある」
みき 「嘘ー、わかれへんわ」
健太 「いや少し不自由や。やっさんはどこが悪いのん?」
ヤス 「脊髄損傷や」
健太 「アー君は?」
アー君「脳性マヒや」
健太 「林さんは?」
林  「ポリオです」
健太 「山本さんは?」
山本 「脊髄のまわりにできものがたくさんできて……

やっさんも、アー君も、林さんも、山本さんも、車椅子である。
病気にもいろいろあるなー。

健太「ところで、みきちゃんはどこが悪いの?」
みき「左半身マヒやの。十八のとき、脳障害を起こして半身が不自由になったの。だから目も左側が見えないのよ」

横で聞いていたボランティアのフクちゃんが、そこで「みき、お前顔が障害者やないんか?」とちゃかした。たしかにみきちゃん、なんの障害もないように見えるけど……
そこで健太が馬鹿笑い。みきちゃんの手が健太の背中をバチンととらえる。

健太「あいた何するねん。おれは笑っただけや」
ギン「そこで笑ったらあかんわ」
みき「失礼やわ、フクちゃんも、健太も。差別やわ。障害者団体に言いつけたる」
健太「おれ見えへんから、どんな顔してるかわかれへんやないか」
ギン「お前、相変わらず目が見えへんこと有効利用しとるな」
みき「そらそーやけど」
健太「まー、べっぴんは見えるけど」
みき「それやったらもっと失礼やんか!」

横で聞いていたりかちゃんが、また笑い出す。
みき「もー、りかちゃんまで失礼やわ」

フクちゃんが、「お前顔気にする年齢やないやろ」と言うと、健太が「女の人は、いくつになってもきれいでいたいんや」……そこで全員馬鹿笑い。みきちゃんの顔は、ゆでタコになってしまった。みきちゃんは、「でも私は心は障害者やない」と一言付け加えた。

ギン「みきちゃんは、そこそこ見れる顔しとるわ、なー健太」
健太「わかってるわ。でなかったら、フクちゃんそんなこと言えへん」

誤診
健太は、ある日ヤスさんに電話した。
ヤスさんは、脊髄損傷で車椅子の生活である。


健太「明日空いてる?」
ヤス「いや、明日病院やねん」
健太「あーそ」
ヤス「いい病院紹介してもうてん」
健太「そー、よくなったらいいね。今度会ったら車椅子ほかしてるかもね」
ヤス「ありがとう、とりあえずいってくるわ」

翌日夕方、健太はまたヤスに電話した。

健太「やっさん病院どうやった?」
ヤス「それが、ふざけてるで。おれ誤診されたんや」
健太「どういうことよ」
ヤス「アルコール中毒と勘違いされたんや」
健太「それどういうことよ?」
ヤス「いや、紹介してもらった病院、アルコール中毒の専門病院やったんや」
健太「えー、それどういうこと?」
ヤス「そういうことよ。紹介状を書いてくださった先生が、勘違いしたんや。二、三日前に自分の部屋の掃除をしてたんや。掃除が終わって、喉が渇いたから缶チュウハイを飲んだんや。そしてそのまま廊下で寝てしまった」
健太「そらあかんわ」
ヤス「夜中おふくろが、廊下でおれが倒れて寝ていたもんやから、びっくりして救急車を呼んだんや」

あまりおふくろさん心配させたらあかんなー。健太、お前も気をつけよ。

ヤス「救急病院へ連れていかれ、医者に状況を聞かれた。そして、今日紹介された病院に来てみたらアル中の専門病院やったんや。病院に行ったらびっくりしたで。玄関に貼り紙してあるんや。『お酒を飲んで来られた方は、お断りします』って。ほんまに、精神鑑定までされてえらいめにおーたわ。医者は真面目な顔して、おたくは異常ありませんやて。ふざけるな、アル中なんかであるわけないやないか」
ギン「車椅子の障害者で、アル中やったらしゃれにならんで。健太、おまえは、盲人でアル中になりかけとるけど」
健太「あほゆうな。おれは、節度を持って酒飲んでる。アル中とは違う」
ギン「そーか。それやったらええけど。アルコール中毒の患者さんも大変や。もちろん自分のせいで病気になったんやろうけど、酒飲まずにいられんときもあるからな。それにしてもやっさんがっかりやね。せっかく胸膨らませて、病院へ行ったのに。歩けるようになるかもしれんと思ったのに。おふくろさんがそそっかしかったね」

けったいなうどん
ヨットレースの打ち上げで、みんなが食材を持ち寄ってパーティーを行った。
障害者、ボランティアなどたくさんの人が参加していた。

宴もたけなわ、健太の叔父の武夫が、みんなの前で大きい声で「皆さん少し話を聞いてください」と切り出した。まわりは一瞬静かになった。
叔父の武夫は、
「ここにうどんが、あります。普通のうどんとは少し違い、工夫がしてあります。少し短めのうどんで、うどんの中央に数カ所切り目があり、箸やフォークが切り目に引っかかりやすくなっています。幼児や、手や目に障害のある方のために作ったものです。うどんすきやカレーうどん、つけうどんなどにご利用いただくと大変便利です。このうどんは、私の甥の健太が考えて作ったものです、ぜひご試食ください」と、健太の頭を、叩きながらみんなに紹介した。

ギン「なんだカンだといってもいい叔父さんや。健太が、一生懸命考えて試作しとったん黙って見守ってたんや。感謝せー」
健太「何が感謝や。いつもおれにばか、あほ、まぬけって、言うとる」
ギン「お前ほんまにあほやな。ちょっとは賢くなれよ、もう四十歳過ぎとんやから」
健太「やかましい、歳は関係ないやろ」
ギン「ほんならほかの人が、みんなの前で頭下げてうどん紹介してくれるんか?」
健太「そらそうやけど……
ギン「それやったら、素直に感謝せー」
健太「わかった」
ギン「そーや。それでええんや。みんなに役立つ第一歩や」

みっちゃん「健太はほんまに幸せな奴や。友達のお父さんに、うどんの名前までつけてもらいよった。平家物語の『沙羅双樹の花の色……』というくだりから、うどんが二本の枝に見えるのでうどん双樹と……。ええ名前や」

親のありがたみ
勤め先の会社が移転してから、健太は困っていることがある。通勤である。
以前は、土手を歩いて通勤していた。土手は、信号も自動車もなく安心して歩けた。
しかし今度は、バスか電車で通勤しなければならない。距離的には以前と同じ程度なので歩いて通勤すればいいのだろうが、危険が多すぎる。

なにせ健太は、盲人としての教育をほとんど受けていない。それでも、以前よりは一人で歩けるようになってきている。が、しかしだ。両親は、一人で通勤することを認めない。見ていて危なっかしいからであろう。したがって今のところ、朝はオヤジさんに一緒について来てもらっている。まるで、幼稚園の送り迎えである。困ったものだ。帰りは、両親に車で迎えに来てもらっている。どうしようもない奴である。
ところがある晩、迎えに来てもらう途中で、オヤジさんがちょっとした事故を起こしてしまった。それ以降、帰りは毎日タクシーで帰っている。オヤジさんも歳なので、夜に運転するのはよくないのでやめたのだ。健太は、一人で帰るのは自信がないので、タクシーにしたのだ。贅沢なことだ。しかし、健太の泣きどころである。
そして、三週間ほど経ったある日、オヤジさんが健太にタクシー代をやると言うのだ。親なればこそである。もちろん健太は断った。しかし、オヤジさんはおふくろさんに健太のタクシー代を渡した。おふくろさんは「黙ってもらっとき、私が預かっとったるから」とお金をオヤジさんから預かった。

ギン「お前どこまで親に心配と、世話かけんねん」
健太「言葉は、ないわ」

みっちゃん「内緒やけどオヤジさんが渡したお金、おふくろさんが全部ネコババしてるんや。これが健太の家族のおもろいとこや。おふくろさん、ネコババ楽しんでいるみたい」

タクシー
ある日、病院の帰りに健太はタクシーに乗った。
健太 「Sホテルまでお願いします」
運転手「すみません、Sホテルの場所知らないんですが、教えて頂けますか? 私、枚方から来たものですから」
健太 「わかりました」

目的地のある筋に来たとき、運転手さんが「近くまで来ましたので、見とっていただけますか?」と聞いてきた。
健太 「えー? 私、見えないんですが……
運転手「それでも、またもう近くですね。見とっていただけますか?」
健太 「私、見えないんですが……。目が不自由なんです」
ギン 「おまえの目、澄んでてきれいからなー。目が見えへんと思えへんわなー」
運転手「足が悪いんと違うんですか?」
健太 「いいや、違います」
運転手「あの病院、そちらの病院と違うんですか?」
健太 「私は、目が不自由なんです」
運転手「それは、失礼しました」

白い杖を持っていてもわかってもらえない。
運転手さん、白い杖が見えなかったんだ。思い込みと言うのは、すごいもんやなー。

ギン「ほかの盲人のように、黒のサングラスかけたらどうや」
健太「サングラスうっとうしいし、すぐなくしてしまうから嫌や」
ギン「そんなこと言わんと、ちょっとぐらい頭使え」

花火
本田さんは、いつも障害者の面倒をよく見てくれる。
ある夏の夜、いつものようにみんなでヨットで飲んでいた。

本田「お前相変わらずよう飲むのー」
健太「そら酒が僕の恋人やもん」
ギン「お前ただもてへんだけやないか」
健太「やかましい!」
本田「酒は、文句言えへんからのー」
小村「そうや。健太は、グラス持ってへんときないからなー」
健太「お前見えへんくせに何言うとるねん」
小村「ところで健太、おれちょっとおかしいと思うことが、あんねんけど」
健太「何やねん」
小村「健太、おれとお前のグラスのやり取りは、見えへんもん同士やからなかなかスムーズにいかへんやろ?」
健太「そらそうや。お互い見えてへんから当たり前や」
小村「しゃーけどここに来るブラインドで、全盲やていう奴が、健太に缶ビール渡すとき、ちゃんとスムーズに手渡しとる。見えてるから渡せるんやんけ」
健太「そらそうやけど」
小村「ほんなら全盲やあないやんけ」
健太「まあええやん」
本田「おーおー、不良ブラインドが、何醜い争いしとんねん」
健太「どうでもええこと、小村が言いよんねん」

面倒見のいいたかおちゃんが、「健太、焼肉焼けたからまあ食べ」と言ってくれた。
小村「おれも!」
たかお「まー待て、順番や」

しばらくして頭の上で、ばんばん音が鳴り出した。
健太「この音何?」
本田「花火や。今日、花火大会や」
健太「そーなんや。おれにも見えへんかな?」
小村「まー無理やな。酒飲んどったらええやん」
健太「そやけど、音うるさいやん」
本田「ほんまにうるさいメクラどもや」
小村「それ差別用語やで」
健太「それでもうまいこと日本語作ってあるな。言葉通りや」
本田「お前らにしか使われへんわ。ほかでは禁句や」
健太「ほんまや、知らん人に言われたら、腹立つやろなー」
ギン「健太、お前仲良しにはいつもメクラ、メクラ、メクラのおっさんと言われとるなー。メクラに何ができるんやとか、何がわかるんやとか」
健太「当たってるから仕方ないわ。たまに腹立つけど」
ギン「叔父さんもよう言うとるな」


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