ケイタイマン・その6

イタリア
あるとき、健太は、ヨットのレースのためイタリアへ行くことになった。
今回は、たった一人の日本人。
健太がイタリアへ一人ででも行くと決めたとき、おれは本当にびっくりした。だけど、今回は本当に陰ながら、健太に全面的に協力することを決めた。今回は日本人のボランティアもいない。いるのは、オーストラリア人、イタリア人、フランス人。おまけに健太にとって十人もの盲人は初めてだ。片言の英語で会話をするが、こりゃー大変。また、健太の杖の使い方はほかの盲人と比べてずぬけて下手くそだ。ほかの盲人が、見るに見かねて手引きし、白杖の使い方を教えてくれた。ヨットレースどころの騒ぎではなかった。ほんまにびっくりしたで。日本に帰ったら、少しは白杖の使い方、練習せーよ。しかし、こんな間抜けな日本人の盲人がいることで、みんなの心が和んだようだ。


ヨット下手くそ、白杖を使うのは下手くそ、英語は下手くそ、何を思ってたった一人でイタリアまで、来たの? でたらめもいいとこ。だけど、みんなにかわいがってもらうのは、健太の特技やな。あれ、それは特技とは言わんのかー? 神様からの恵みやなー。

ミスターゲイ? ミスターインターナショナル・バストテスター?
イタリア滞在中、夕食はみんなと一緒に食べた。
日本とは違い、ヨットの練習後ドリンクタイムがあり、その後夕食だった。したがって食事をとるときにはかなり出来上がっている。いつも、健太はワインよう飲んどったなー。いつも、ほとんど出来上がってたで。

ある夕食の席で、かなり酒も入り、みんなが盛り上がってきたそのときである。
テーブルの前の舞台で音楽がかかった。ディスコタイムの始まりである。そうだ、今日は土曜日だ。英語の音楽がかかった。ノリのいいオーストラリアの友人たちが、踊り出した。そして、サムが「健太、カモン! ヘイ、マイケル、インターナショナル・バストテスター。カモン」と……
オーストラリアに行ったときのことが健太の脳裏をかすめた。初めてオーストラリアに行ったとき、健太はあだ名をいただいたのである。オーストラリアのボランティアの女性に、サムが健太を紹介したときのことだ。

サム  「スージー、彼の名前は健太、だけどイギリスにいたことがあるらしく、イングリッシュネームもあるらしいんだ」
スージー「なんて言うの?」
健太  「マイケルって言うんだ」
何がマイケルだ、まぬけじゃあないか?

スージー「そう、私は、スージー、よろしくね」
健太  「こちらこそ」

サムがおちょけて
「マイケル、スージーのバストはすごく大きいんだ。君は見えていないんだから、触らせてもらったら?」と言った。
健太もおちょけて触るふりをした。
……ふりだけやあ、なかったと思うけど。サムはそれを見て、「ヘイ、マイケル、ユーアー・インターナショナル・バストテスター!」と言った。
とんでもないあだ名である。

それ以降サムは、みんなに健太のことを「マイケル、インターナショナル・バストテスター」と紹介するようになった。そのことが、また頭をかすめた。そうなんや、健太のあだ名は面白いんや。そして、健太はスージーとまたこうして再会し、踊った。踊っている最中、スージーまでが「今晩は夫が私たちが踊っているの見てるわよ。バストタッチ気をつけて」と……。彼、にらんどったぞー(うそうそ)。
踊り終わって席につくと、サムがまたおちょけてキスしてきた。それを見たイタリア人のディエイゴが、「アー ユー ゲイ?」。
さあ大変。それから「ミスターゲイ」の始まりである。まったく健太の奴、男も女も見さかいないな。

いびき
イタリアのレース会場の宿舎で、一週間にわたってレースが行われた。
ボランティアのサムは、健太と同じ部屋に寝泊りし、面倒を見てくれた。そら本当によく面倒見てくれとったで。サムも、義足の障害者やのに。サムのあとには、ブラインドのトムが代わりに泊まった。
翌日朝から市内観光をした。夕方、ワインを飲みながらみんなといろいろな話をした。そこへトムの家族が、ヨーロッパ旅行を終えて合流した。レースにかこつけてバケーション。いいねー。みんなますます盛り上がり、楽しいひとときを過ごした。

ボランティアのハーリーが、「健太、昨日はよく眠れただろ?」と言った。
健太  「どうして?」
ハーリー「サムのいびきは、すごく大きいもん」
健太  「そうだね。だけどトムのいびきも大きいよ。だから大して変わらないよ。だけど寝ながらブーブー屁をこかないから、トムのほうがましかな。サムは、寝ながらガーガー、ブーブーだから騒がしくて。おまけに匂いつきだからね」
みんな爆笑。寝ながらへをこくなんて初耳や。奥さん大変やな。ブーブー、ガーガーか。にぎやかで楽しいね。思い出したけど、屁の臭いは、せーへんかったとちゃうか? 寝袋やったから。寝袋に臭いたまってたやろなー。

ホームステイ
オーストラリアからピーターが日本へやって来た。
イタリアからイギリスに、そこから日本へと、四十日間の旅である。とても長い。日本には三週間滞在する。ピーターは健太の家にホームステイすることになった。夕食のとき、健太のおふくろさんがだし巻きを作ってくれた。健太がピーターに日本の卵料理だと説明する。ピーターはそれを食べて「ワンダフル! 日本の鶏は変わった卵を生むんだなー」と言った。 健太はぼーっと聞いていた。ピーターが「健太、形のことだよ」と言った。健太は味に気をとられ、形のことは忘れていた。

そうだ、外国ではこんな形の卵料理はないのだ。一同爆笑だった。

それにしても、ピーターは鋭く、健太は鈍いねー。目が見えていないので多少状況把握は鈍くなると思うが、もっと全神経を集中し、瞬時にすべての状況を把握せー。ピーターにできてお前にでけへんはずがない。すべて日々の努力や。たとえジョーク一つにしても。

会話
ピーターが健太の家にホームステイしたときのこと。
健太のおふくろさんが夕食のしたくをしていた。外国人は、英語でしゃべる。ワンダフルと。おふくろさんは、日本語でしゃべる。このサラダには、このドレッシングをと。
しかしこの外人さん、目が見えていない。通じるはずなどない。ところがである、身振り手振り心をこめてやると、言葉に関係なく通じるのである。魂の声である。健太もこれには、恐れ入った。コミュニケーションとは、言葉だけではないのである。人に対する思いは、時空間を通り抜け、三次元の世界を超越し、異次元の世界を旅するのかもしれない。

挑戦
健太は、イタリアのレースで初めてクルーザーのクラスに挑戦した。
ヨットは二十四フィートで、約七メートルもある。それを、目の見えない二人で操船するのだ。マッチレースである。音声ブイを頼りにコースを回る。おのおののヨットは、クラクションがレース中鳴り続け、お互いの位置がわかるシステムになっている。もちろんお互いの帆が、左にあるか右にあるかでクラクションの音は変わる。とても画期的なシステムだ。

ただそのたくさんの音を聞き分け、視覚障害者二人で操船するのは、並大抵のことではない。それに挑戦するために、健太は日本からたった一人で、オーストラリアの友達を頼りにイタリアまでやって来たのである。人生最大の冒険である。そしてそこでピーターとパートナーを組み、新たな世界を知った。そのことが、また健太の脳裏をかすめた。

今回は、日本人をパートナーにニュージーランドで再び挑戦することになった。とんでもない話である。イタリアのときは、初めての参加ということもあって気楽に挑戦した。また、ピーターという怪物が健太をサポートしてくれた。日本での練習も数回で、ほとんど何も知らずに参加した。だから、初心者ということでみんな大目に見てくれた。しかし今度は、そういうわけにはいかない。しっかり練習し、海外とのコンタクトも自分で取らなければならない。
特に練習は、北港の皆さんの協力なしには、何一つできない。そのことを健太は、しっかり思った。特に、健太は盲人協会にも入っていないし、盲人の友達もほとんどいない。盲人としての教育も受けていない。おまけに感性も鈍い。そんな悪条件の中、挑戦しなければならない。ただ、天の恵みか健太の周りはとてもいい人ばかりで、恵まれている。それだけが頼みの綱であった。ただ健太はひたすら心の中で手を合わせた。神様ありがとうございます。こんなすばらしいチャンスをくださって心から感謝しますと
……。健太、お前本気やな。今までで一番素直や。それでええんや。これからすべてその気持ちで生きていけ。

みっちゃん「残念なことに、ニュージーランドでの大会は、主催者側の都合で中止になった」


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