ケイタイマン・その2

けったいな光景
健太と土手を歩いていると、
犬のゴンがおれの友達の携帯ノンちゃんを首からぶら下げて走ってきた。
犬に携帯とはけったいだなあ。ノンちゃんどうしたんだい?


ノンちゃん「ゴンちゃんがあまり言うことを聞かないので、オヤジが鎖の代わりに僕を見張りにつけたんだ」
ギン   「それにしても、高くつくなー」
ノンちゃん「あー、オヤジからだ」
オヤジ  「ゴンちゃん、土手からおりてこい!」

土手の下の道路と土手の間は、畑。無許可で公用地を使用している。
注意しないのかねー? 公務員はこんなことには目を向けないのかね?

ゴンちゃん、携帯からのオヤジの言葉がわかるみたい。一目散に行ってしまった。便利なのはいいけれど、そこまでしなくてもいいのに。お犬様だね。ノンちゃんまたね。

ラブシーン
ある夏の昼下がり。
健太と、健太のおふくろさんが土手を歩いていた。
すると、おふくろさんが突然手をたたいて笑い出した。


健太  「おふくろどうしたんだい……?」
おふくろ「自転車に乗っている人が、土手から落ちかけているの」
健太  「それが、どうして面白いの?」
おふくろ「土手の下で若いカップルが、ラブシーンしているの」

テトラポットで隠れていると思ってるんだ、間抜けだねー。それも大胆! 

おふくろ「それを見るのに夢中になって、土手から落ちかけているの」
健太  「もうちょっと涼しいところで、チュッチュすればいいのに」

何を言ってんだ、おれはうらやましい。
おれも世間様にはばかることなく、ももちゃんとチュッチュしたい。

手話
ある夕方、健太は用事があって古田さんに電話をかけた。

用事が終わって電話を切りかけたとき、
古田「健太、ちょっとお願いがあるんだけど……
健太「何?」
古田「おれの娘のことなんだけど……。病気のため、耳が聞こえにくくなってきているんだ。本人、少し手話を覚える気になってきているんだ。だから、手話を教えてくれるところ探してくれない?」
健太「わかった。探してみるよ」

二、三日後。
健太「もしもし、健太です。娘さんの手話教室見つかりました。家の近くの区民センターです。だけど顔がさすかなー」
古田「そうなんだよ。それで娘はためらっているんだ。あいつときたら、学校に行きたくないもんだから、髪の毛染めやがるんだ。親としては、辛いわなあ」
健太「僕も目が悪くなりかけたとき、ずいぶん親や周りの人に八つ当たりしたものなー」

そうや、みんなに心配ばかりさせた。病気は気が病んでるだけやのに。

健太「わかりました、他の線で探してみますよ」
電話を切って、また問い合わせをした。
そこでおかしなことがわかった。聾学校では、手話は必須科目として教えていない。また公の手話サークルは、住まいのある区民センターでしか、定期的に教えていないのだ。
……そんなことはない、お前が知れへんだけや。

健太「これじゃあお年頃の子どもたちが、中途障害になったとき、自分の障害を素直に受け入れられないとき、どこへ相談すればいいのだ? そんなに簡単に、障害を受け入れられるわけないだろう。そんなに簡単に人生割り切れないよ。僕だって、障害者手帳もらったのは五年ほど前だ。発病は、二十年も前だというのに」

それはおまえがガキだからだよ、健太。まあとりあえず、気を取り直してもう一度探せ。
健太はパソコンのみっちゃんでかちかちと検索している。

みっちゃん「古田さんの娘さんは、まだ少し聞こえるので障害者手帳が交付されない。しかし病気は進行していくので聾学校へ入学させたいのだ。ただ、障害者手帳がないため いろいろな公共機関の受け入れが難しいのである。矛盾しているよなー。本当に必要な人が福祉を受けにくいんだから」

いけず
金曜日の夕方、健太の会社で。
「健ちゃん、イカの注文忘れた」と、工場から連絡があった。


末子 「明日使うものがないよ、どうしよう?」
事務員「明日は業者さん休みだし、今日入れてもらわないとね」
健太 「そんなこと言ったってもう五時だよ。誰が、イカの注文するの?」
事務員「末子さん」
健太 「そう」

そこで事務員さんがもう一度冷凍庫へイカの在庫を確認しに走った。
気を付けて行ってね。年なんだから。戻ってきて、「健太さん、どうやらイカの在庫がないこと、ヤジさんが昨日から知っていたみたい」と言った。


健太 「えー! なぜそのこと教えてくれなかったの?」
事務員「ヤジさん、末子さんとウマが合わないんだって」
健太 「仕事やん何考えてんねん。いけずやなあ」

健太は、怒りながら、業者に電話した。
世の中の人、ほとんどが清らかな心といけずな心の両方を持ち合わせてるんや。

健太「悪いけど、今からイカ持ってきてくれる?」
業者「今から会議なんだ」
健太「そう、困ったなあ。うちの連中ときたら、仲間内でウマが合わないからといって、在庫がないのがわかっていながら、担当者に教えてやらなかったんだ。困ったものだ」
業者「気に入った。私、そおゆうの大好き! 誰かに持っていかせるわ」
健太「ありがとう」

趣味の悪い人もいるものだなあ。
健太、この世はあまりカンカンになるなということだ。

コミュニケーション
ある夕方。
事務員さんがみんな帰ってしまって、健太一人で事務所にいた。珍しいね、一人でいるとはどうしたんだい?
そこへ、仕事を終えたアルバイトのさっちゃんがやってきた。
彼女は、耳が不自由な大学生である。とても器用で、普通の人の二倍ぐらい仕事ができる。同じ障害者でも、健太と違うな、彼女はすばらしい。

その彼女が、健太に何か言おうとしているのだが、何を言おうとしているのか健太にはわからない。耳が不自由な人と、目の不自由な人の会話は、大変だなーと思った。
要は「さようなら」と、さっちゃんは言いたかったみたいだった。
健太、それぐらい自分の心の目で理解しろ! 
そうかお前、目も見えへんし心の目もないなー?

鯉と松
お墓参りをするため、お彼岸に高松へ行った健太は、その翌日、大阪に帰る前、栗林公園に立ち寄った。
健太は公園の中にある橋の上で立ち止まり、下を見た。
たくさんの鯉が泳いでいた。ピチピチ鯉がはねる音がした。鯉の姿は見えないが、健太の頭の中に鯉の泳いでいる情景が浮かんできた。そして、六年前の出来事が走馬灯のようによみがえった。そのときから健太の人生が大きく変わりだしたのだ。

その頃、健太にはなんの趣味もなかった。たまに飲み屋に行くぐらいで、なんの楽しみもなかった。飲みに行くと、飲み屋の人や一緒に行った人が、気の毒がったり、心配してくれたりしたが、むしろ健太はみんなよりよく飲んで大騒ぎをしていた。

そんなある日、叔父の武夫が、「北港で、障害者のためのクルーザー乗船体験会が大阪北港ヨットクラブの主催で行われるから、参加しないか?」と誘ってくれた。その当時、健太には障害を持った友達は一人もいなかったので、多少ためらいはあったが参加してみることにした。そして、それから本当に大きな生活の変化が起きた。

健太は北港に出入りするようになって、障害を持つ友達ができた。
そしてオーストラリアから、アクセスディンギーという障害者でも簡単に乗れるヨットが紹介され、大阪市に寄贈された。また、北港でカミングアンドトライという活動が、アミティー舞島、セイルアビリティー大阪の主催で行われるようになった。その活動に健太は没頭するようになり、オーストラリア、ひいてはイタリアまで行くようになった。イギリスが発祥の地である「誰でも風に親しみましょう」という趣旨のセイルアビリティーの活動が、オーストラリアで開発されたアクセスディンギーというバリアフリーの出現で大きく花開いたのだ。現在では、北海道、岡山、高知、伊勢、湘南、みなとみらい
21、館山、大分、沖縄など、活動の輪が広がっている。
そして健太にとって一番よかったことは、本田さんほかたくさんの友達、仲間ができ、大きな財産になったことだ。これは、何にも代えがたいことである。
健太はその頃のことを懐かしく思い浮かべていた。

おふくろ「健太、どうしたの?」
健太  「あ、ごめん、昔のこと考えていた……
おふくろ「鯉、堪能したやろ。松、見にいこ」
健太  「うん……

そして十分程度歩いて、松並木の前に来たときである。
ある松の前で、高松にいる叔父が立ち止まり、「この松、枝振りいいですね。だけど、苦そうですね」と言った。みんなそこで、馬鹿笑い。こんな会話は、誰が聞いてもわからない。健太の家族と、叔父の家族だけがわかる話である。
実は、健太は半年前から、健康のために松葉ジュースを飲んでいるのである。苦みを消すために、りんご、蜂蜜、レモンを松葉に入れてミキサーで回し飲んでいるのだ。本当に物好きである。

それにしても、松の苦みは枝振りに関係ないやろう。
健太、ほんまにおふくろさんとオヤジさんに感謝せー。松葉ジュースを作るの大変や。
松の魂にも感謝せー、みんなお前の目を治してやりたいその真心だけやで。
みんなの真心だけで、目は見えるはずや。

寄付
ある土曜の朝。健太が朝食をとっているとき、おれが鳴った。
ああ本田さんからだ。健太は足を骨折しているというのに、何の用事だろう?


本田「健太、今日、北港に来てくれる?」
健太「えー。僕骨折しているから今日はヨットの練習休ませてもらう」
本田「練習はしなくてもいいから来てくれる?」
健太「どうして?」
本田「今日、ライオンズクラブからテントの寄付をしていただくんだけど、障害者の人がいないと格好がつかないんだよ。でも、他の障害者のメンバーと連絡つかないんだ」
健太「そー、わかった。会社へとりあえず行って、仕事の段取りが終わったらすぐ行くよ。何時までに行けばいい?」
本田「十一時」
健太「わかった。それじゃあ」

バカだなあ。おまえ目も見えていないし足にギブスはめているし、どーして北港へ行くのだ? ほんとに何も考えていないんだから。

おふくろさんが「健太、どうやって行く?」と聞いた。
健太  「タクシー……アーそうだ、山ちゃんに電話してみよっと。もしもし、山ちゃん? 元気?」
山ちゃん「元気。健ちゃんは?」
健太  「うん元気。ところで、今日空いてる?」
山ちゃん「空いてるよ。どうして?」
健太  「うん、北港まで乗っけてくれない?」
山ちゃん「いいよ」
健太  「ありがとう。ところで、僕、骨折したんだ。それで、山ちゃんに乗っけてもらいたいんだ」
山ちゃん「そうか、それでか。どこで?」
健太  「足を滑らせて、土手から落ちたんだ。二メートルぐらい」

おまえ、おれが危ないって注意してやったじゃあないか。
アーそうか、まだおまえおれの存在に気付いていないんだったな。


健太  「こけるのが嫌で、足をふんばったら折れちゃったみたい。運動靴をはいていればよかったんだけど、革靴でふんばれなかったんだ」
山ちゃん「それで、大丈夫なの?」
健太  「大丈夫」

大丈夫なわけないだろう!

健太  「本田さんが、どうしても北港に来いと言うんだ。ライオンズクラブからテントを寄付してもらうみたいで、贈呈式で障害者も立ちあわないといけないみたい」
山ちゃん「わかった。どこへ迎えに行けばいい?」
健太  「十時過ぎ、会社へお願い」
山ちゃん「わかった。それじゃあまた、会社の前で」
おふくろ「よかったね、健太」

それにしても、片足のない山ちゃんに自動車で送ってもらうとは、ありがたいね。ついでに松葉杖の使い方を、教えてもらったら?
午前十時過ぎ。山ちゃんが迎えに来てくれた。やはり山ちゃんは、松葉杖のプロ。うまく松葉杖を使う。松葉杖だけやあない。運転もたいしたもんや。片足がなくても、大型二種の免許を持ってる。それに比べ、健太の松葉杖の使い方はぎこちない。とりあえず、なんとか自動車に乗りこみ北港へ。午前十一時前、到着。自動車から降り、久しぶりにみんなと会う。

みんな「健太、スーパーで足、買ったのか?」

健太は、ギブスを汚さないため、スーパーのビニール袋を三枚程度重ねてはいて、輪ゴムでとめていたのだ。健太には見えてへんけど、ほんまに不恰好や。みんな爆笑。みんなに笑い者にされ、ほんとにまぬけな奴だ。しかし、とりあえず健太が行ったことで、ライオンズのお歴々には格好がついた。おまけにライオンズの方とヨットに乗ったことで、このヨットが本当に安全で気軽に乗れる乗り物だということがわかっていただけた。よかった。健太のまわりは本当にいい人ばかりだなー。午後二時、山ちゃんに会社まで送ってもらう。おまけに松葉杖の使い方まで教えてもらった。  
健太にとって、収穫のある一日であった。


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