岡 道信のひとりごと (2011.5)
波線
A RI GA TO U
昨年から受験生が合格した後など
お世話になった方へお礼を言うのに
何かいい方法はないかずーっと考えていた。
「ありがとう」の言葉を心をこめて言う方法。
そこで、はがきに目をつけた。
はがきにお礼の喜びを伝えるイラストを描こうと
はじめは乾麺の化粧箱やフィルムと同じ胴上げのシーンを考えた。
だがいつもいつもお世話になっている
デザイナー・コピーライターが納得しないのと、バランスが悪いのと、
自分の喜びを伝えるだけのものになるかも知れないと思いやめた。
一年以上考えた。
そしてついに結論が出た。
「ありがとう」を声にしてはがきにしよう。
声をはがきで伝える。
ありがとうと言っている口の形を描いてもらうことにした。
五つの顔を描いてもらった。
だが口の形では何を言っているかわからない。
そこで帽子やピアスをつけ、そこにそれぞれアルファベットで
ありがとうと一文字一文字描くことにした。
そのことにより声にならない心の声を伝えることが出来る。
「ありがとう」と言う言葉は文字でもなく音でもなく、
「心」と言うことが少しでもわかってくださる方がいたらうれしい。
私の思いを描いてくれたデザイナーに感謝。
ありがとうハガキ
(2011.5.31)

本命
ここ3週間ほどの間に雑誌とフリーペーパーで2社から取材があった。
いずれも天神天うどん。やっと「本命」の取材。
天神天は私が勤めるかまぼこ屋の北浜ますせんの白天。
白天はハモのすりみを使用し、キクラゲが入ったねりもので、
古くから天神祭りに食べる食品として地元では高齢者の人に知られている。
天神祭りの季節にやっと本業のかまぼこ屋の白天をメインに使用した
すべらんうどんのメニューが紹介していただける。
ありがたい。
今まで大阪でうどんの定番きつねうどんばかりで、
天神天うどんの出番はあまりなかった。
「すべらん天神天うどん」が名物に育ってほしい。
季節を取材してくださった方に感謝。
(2011.5.29)

神山昌子
5月21日午後11時、眠れないのでラジオをつけた。
NHKで弁護士神山まさこさんの対談であった。
23
度目の正直で司法試験に合格し、弁護士になった方。
現在弁護士になって6年目の67歳。
話の内容は聞かずともそれを聞くだけで25年以上勉強したんだと驚いた。
午後11時からニュースをはさんで二時間話に聞き入った。
経歴からもともと頭のいい方で受からないほうがおかしい。
ただ30半ばから離婚し、幼子をかかえ、
自分の勉強してきたこととは違う弁護士を目指すと言う根性に恐れ入った。
私が一番聞き入ったのは挑戦し始めて10年目ぐらいのとき、
あまり受からないので勉強の方法を変えたと言うことを言われたときだった。
現役の東大生で司法試験に受かられた方の勉強方法を取り入れられたことが、
一次試験合格のきっかけになったとのことだった。
それは、覚えることと覚えないことを分け、勉強することだった。
頭のいい東大生でさえ受験するのに、
全部覚えられない覚えないのだから私もそうしようと思われたらしい。
覚えること覚えないことを分けることで理解力が増し、うまくいったそうだ。
ただそれから10年以上、論文試験はすべり続けたらしいが、
それでもあきらめなかった。
理由は、論文試験はすべっても自分のテスト結果の内容が
帰ってくるのであと少しと粘ったそうだ。
そしていよいよ23度目。
一次試験に合格し、二次試験まであと10日になったときに
お母さんが倒れられ、その日のうちに亡くなられ、
もうこの状況では試験はあきらめるしかないと思われたそうだ。
だが息子さんが受けるよう言われたみたいで、
二次試験の論文、三次試験と口述と受験し、受かった。
口述の時には間違ったことを何度も試験官に述べ、すべったと思われたそうだ。
そして研修を受け、その後終了の試験も合格し、みごと弁護士になられたそうだ。
立派。言葉にならない。
今では司法試験もシステムが変わり、今までのようなことではないそうだ。
彼女の根性に乾杯。
追伸
私が彼女の話の中で引かれたのは東大生の話。
試験を受けるのに、覚えるものと覚えないものを分けて勉強する。
盲点。これからの生き方に利用させていただきたい。
盲点を知ったことに感謝。
(2011.5.22)

一寸先は闇
昨日、東京電力が福島第一原発で
一兆二千億円の巨額損失を出したと言うニュースがあった。
半官半民の法人として設立され、
株式市場では資産株で資産目減りのない資産として買われてきたが、
今や明日はどうなるかわからない企業に転落してしまった。
まさに一寸先は闇。今を大切に生きて生きたい。
今に感謝。
追伸
社長は責任を取って退任と言うことらしいが、
それで責任を取ったことになるのだろうか。
社長退任後、肩書きのなくなった自分と向き合い、
そのときから出来る償いに努めてほしい。
運が悪かったとしか言いようがないが、
ある意味確かに色々なことを黙認したのだから当然のところもある。
気の毒だが悪い運をいい運に変えてほしいものだ。
頑張れ東電社長、ピンチはチャンス。
今に感謝。
(2011.5.22)

子供の水難事故と交通事故
昨日また小学生3人が川で溺れ死んだとニュースがあった。
増水した川で溺れ死んだ。
水は自然界のもので、水はその存在のあり方で大変危険であると
いうことを大人はたえず発信してやらないとダメである。
東北の津波は同じ水であると言う教訓が生かされていない。
教えてあげないとダメである。
また最近、頻繁に通学途中の子供の列にトラックや
乗用車がつっこみ、死傷者が多数出ている。
自動車がたえず秩序正しく走行するとは限らないと言うことを
教えてあげないとダメである。
自動車が危険なものであることを発信してやらないとダメである。
子供も大人も日本人すべてが平和ボケしているのである。
よくテレビのドキュメントで自然界の動物の親子を撮っているが、
親はたえず危険がないか目配りし、自然の危険さや
獲物のとり方を教え、生きる厳しさを教えている。
今の日本人の親みたいにただ勉強セイじゃあないのである。
「生きる」と言うことを教えているのである。
生きるために勉強が必要であることを教えてあげないとダメである。
もっとも私も勉強嫌いで両親の言うことを聞かなかった。
そのせいか小学生のころ交通事故にあい、
また海で溺れかけたこともある。
痛い目に何度もあって今の自分があり、
すべてに感謝できるのである。
生かされていることに感謝、そしてまた感謝。
(2011.5.14)

5月6日 尿療法
たまたま、すべらんうどん屋に行った。
うどんを食べた後、少し休憩しているとお客さんが入ってきて
私のもとへ来てベージェットですが・・・と切り出した。
最近ベージェット病の方がよく来られる。
と言うより目の不自由な方、耳の不自由な方、手足の不自由な方など、
どこかここか悪く悩んでおられる方が来られる。
ありがたいことである。
そしてその方も病に20数年悩み、8回も入退院を繰り返しておられるそうだ。
ベージェット病が目や耳の後、腸など色々なところに転移し大変なみたいだ。
そして私に話を聞きたかったのであろう。
食事制限はしているのか、病院に行っているのか、
何かいい治療方法はないのかなど矢継ぎ早に聞かれた。
だが私は食事制限はしていないし、病院には通院していないし、
これと言った治療もしていないと言った。
好きなようにやっている。
ただ20年近く前、医者をあきらめ住まいを変え、
松葉ジュースを飲み、尿療法を約一年したことを言った。
お医者さんの言う通りして治るのであればそれを実行すればいいが、
治らないのであれば自分で治療方法を考えるよりない。
もっとも命に関係するとなれば医者の言うことも聞かないと
素人が勝手な治療をしたのでは大変なことになる。
言う通りしても目は見えなくなったので、
私は命まで奪われないとふんでその時は医者を捨てた。
ここまでやるかと言うことで、尿療法を行った。
おかげで発作はなくなった。
飲むときには屈辱的だったが、そのおかげで病魔から解放された。
彼があまり真剣だったので、命まで奪われないのであれば
効くか効かないかわからないがダメもとで根性を決めて
尿療法を始めたらいかがですかと言ってあげた。
尿療法には健康に関するオマケがありますよと言ってあげた。
尿は毎日味が違う。
アンモニア臭とは別に食べたものの味が残っている。
ビールより酒を飲んだら、ねばい。
さしみを食べたら、しょうゆの味が残っている。
ワインはすっぱい味が残っている。
このおかげで飲み過ぎたときには気をつけるようになった。
尿には色々な味が残っているのである。したがって食事が偏ればわかる。
尿は自分のところから余ったものとして出ているのであるから
栄養消化にいいのかもしれない。
尿療法は18年前で卒業し、今は健康食品にすこしだけ凝っている。
私は会社にもどらなければならないので途中で席を立ったが、
尿療法について60歳半ばの彼はグズグズ言っていたので根性を決められるかどうか・・・。
尿療法が効くか効かないかではなく、
要はどこまで自分を捨てられるかどうかで将来は決まる。
今の何でも食べることが出来る自分の境遇に感謝。
そして自由奔放に生きられる自分の境遇に感謝。
(2011.5.8)

散髪
昨日散髪に行った。そして髪を染めた。
父の50歳代の顔を思い出し、これはまずい。
今度見えるようになったとき、
あまりにもふけているのはいやだとここ数年感じていた。
そこで頭の地肌も以前よりよくなりふけも出なくなったので、
見える日は近いと髪を染めた。今度はしわをのばそうか・・。
とにかく見えるようになる日のための準備をしようと・・・。
浦島太郎はいやだ。
そして今日、気がついた。
この30年弱、いつも目のふちが塩が吹いたように
目やにでいっぱいなのにいつの間にか消えている。
確か2月半ばはまだ目やにだらけだったはずだ。びっくり。
何かが目の中で起きている。間違いない。奇跡を信じたい。

 「君よ八月に熱くなれ」
 ・・・時よ止まれよただ一度
 奇跡起こした若者に雲が沸き立つ甲子園
 君よ八月に熱くなれ
 ・・・風よ歌えよもう一度
 夢を信じた若者に砂が舞い立つ甲子園
 君よ八月に熱くなれ

おっさんではあるが気分は若者。
おっさんの青春はこれからだ。
髪染めに感謝。
(2011.5.6)

5月2日
久しぶりに大阪北港に行った。
朝2時間程度会社に行き、出港は昼。
北港から淡輪に4時間半かけてヨットでクルージング。
ここ一年以上クルージングには行っていない。
行く余裕がない。気持ちのゆとりがない。
ヨットの上で風をつまみにビール漬け。
行く前にタクシーの運転手さんに30人分のビールですかと冷やかされ、
実際には5人。5人で飲むとは決して言えない。
数カートンのビールをヨットに詰め込み、
自社のちくわとごぼう天を隠し持ち、気晴らし。
他の皆は3泊4日でレースに出る。
私は5月2日の夜当日、淡輪から難波まで電車。
後はタクシーで午後10時に帰宅。
ゴールデンウイークは仕事は休めない。
この30年で初めてゴールデンウイークに半日でも会社をあけた。
おかげで午後12時から午後7時半までちびちびビールを飲み続けた。
半日飲み続けたのは数年ぶり。
ちびちびのおかげで二日酔いはなかった。
最近色々なことで、もやもやしていたがいい気分転換になった。
誘ってくれたいい仲間に感謝。
(2011.5.3)