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岡 道信のひとりごと

道しるべ
母が亡くなってから一年が過ぎ、新たな生活のリズムがやっと定まり、母亡き後の自分の生活の上で一番大切にするべきものが決まってきた。それが決まらないと生活が安定しない。今までは母のこと母の介護が一番だった。今度は毎日ルームランナーで歩くこと走ることを一番に考え、生活していくと決めた。
理由は簡単。歩くと余分なことは考えないで無心になり、よく眠れるからである。また、よく食べよく飲めるからである。家族もなくなり、1度目のオマケの人生である目が不自由になった時から、今回の家族がなくなった2度目のオマケの人生をおくることになった私にとって歩くことは、家族との生活のように損得や欲得を考えずにいつでも気楽にできる唯一のことと思えてきたからである。別にすねているわけではない。眠れない日々が半年以上続き、昨年9月か10月ごろに困っていた時にルームランナーで歩きだしたら眠れるようになり、歩いている間余分なことはあまり考えずに済んだことで気がついた。ただ初めのころはクツを吐かずに歩いたため、ひざを痛め治るまで痛くて大変だったが、それでも歩くのが好きになり、これはホンマものと確信した。歩く速度も時速4キロから5.5キロ、6キロ程度まで上げることができ、歩く時間も1時間半程度まで増やせてきている。10時間程度は続けて歩けるように少しずつレベルアップしたい。そして、この生活を続けることで無心になり、生活のリズムを整え、自分の目標に向かって突き進みたい。
無心になれるルームランナーとの出会いに感謝。

*
追伸
私のような盲人にとって、と言うか我儘な私にとって人の手を借りずにいつでも歩け走れるルームランナーは最高にいいおもちゃである。他の盲人にとってはどうだかはしらないが。景色が変わらないのだけが難点か。
(2021.1.24)



早い
本日118日、母の命日。あっと言う間に1年過ぎた。
父が亡くなって15年。117日が命日。父と母との思い出が頭をグルグル。
今思うことは、とにかく悔いのない一日を過ごすこと。自分のやりたいと思うことを徹底的に行い、人に迷惑をかけることなく、あちらの世界に行くまで頑張る。これから最低100年以上働きたいなあ。父と母がいないのは寂しいけど、やはり目標200歳まで働きたい。あほなことを考えている毎日です。常識は非常識になる
生かされていることに感謝。
(2021.1.18)



成り行き任せ
新年がスタートし、皆思うことは同じ。
「今年が健康で、いい年になりますように」である。

だが、寒波到来でいきなりドカ雪と、コロナ感染拡大で東京都他3県の緊急事態宣言である。マスコミや専門家は色々述べるが、見えないコロナにどのように対処してもおさまるはずがない。やるべきはインフルエンザと同じで、衛生管理などの予防と自分自身の体力アップと免疫力向上だけである。それと人との交わりをできるだけ減らすことである。その時々でありとあらゆるアイデアを絞りだし、最善を尽くし、残念だがあとは成り行き任せしかない。心配したり恐れたりしても仕方がない。
だが、成り行き任せはバランス感覚から生まれ、問題を一番簡単に単純に解決する手段である。なめてはいけないが、必要以上に心配したり恐れる方が罠にはまってしまう。悪いシナリオを自分で書いて、その筋書き通りに行動してしまう。私はそれが嫌で常に自分の一番大好きなことだけを考え、その喜びに浸るようにしている。「変わりもの」である。
一生懸命の後の「成り行き任せ」に感謝。
(2021.1.9)



大逆転
ひとりごと「新年」を書きながらラジオを聞いていると、箱根駅伝をやっていた。そしてアナウンサーが大きな声を出した。10区の最後の区間で3分以上あった差を駒澤大学のアンカーが創価大学のアンカーを大逆転。ドラマである。逆転した方もされた方もまさかまさかである。された方はただただ悔しさだけが残る。人生にはドラマがあるが、まさに星の数だけある。無尽蔵なのである。
逃げ出さない、投げ出さない、あきらめないに感謝。
いいものを見させていただいたことに感謝。
新年の奇跡に感謝。

*追伸
*「受験生も頑張って」
普段、受験のことも仕事のことも私はあまり書かない。書いているのは私のわけのわからない内面ばかり。だが私は内面が人生そのものだと思っている。内面が落ち着き整列していれば、次から次へとアイデアが生まれ奇跡が起きると思っている。人の境遇や幸せをうらやましがることなく、祝福することができる。私はそれを信じ暮らしている。小さな幸せの積み重ねが大きな幸せを生み出すと思っている。
皆様に幸あれ。
(2021.1.3)



新年
2021
年、新しい年が始まった。
昨年からのコロナ感染の勢いが止まらない。首都圏がひどい。人の接触を完全に止めないと、正直なところ今は何をやっても無理だろう。そんなことできるのだろうか
毎回毎回コロナのことばかり「ひとりごと」で書いているが、見えないものほど始末に悪いものはない。自分自身が見えないことのハードルの高さを知っているからだ。生まれつき見えないと見えないのが普通の生活だが、中途失明は見えているのが当たり前から、奈落の底に突き落とされた生活だ。別に生まれつき見えない人のことを蔑視しているのではない。普通の生活からコロナの生活を言っているだけだ。急激な環境の変化は、それほど大変だと言うことが言いたいだけだ。しかも相手の存在が見えない、困ったものである。ストレスがたまる。これを受け入れなければならないのは大変だ。だが、今年一年希望を持って生活したい。
新しい年をむかえられることに感謝。
(2021.1.3)


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