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岡 道信のひとりごと

自分を見つめる目
11
月に入ってから10日ほど過ぎた。あっという間の10日。毎日とても忙しく時が過ぎた。
そしてなぜだろうと考えてみると、忙しいだけではなく、自分を見つめる目が鋭くなってきた。とことん自分のことを冷めた目で見つめる時間が長く、時を忘れる。自分の気持ちを明確に見つめる。自分をとことん見つめ、自分の気持ちが明確になると、とても清々しく楽しく楽になった。
子供のころ、母が私の将来が心配で、あるお寺の住職さんに私の将来を見てもらったら「この子は迷いの多い子で、迷いが消えれば伸びる」と言われていた。もっとも他にも色々言われていてすべて当たっていた。私がその占いを信じた理由は「何の病気かわからないが、二十歳前後に大病をするがなんとかなる」という言葉だった。まさか目を患い、ほとんど見えなくなるとは思わなかった。この住職さんの話を母から聞いたのは高校生の時だったので、目を患うまではすっかり忘れていた。
そして、その後も言っていることがほとんど当たっていたので、この20年ほどは「私は迷うことだけは、しない。」と心に決め、自分といつも向き合ってきた。だが、やはり迷うばかりだった。そして最近「どうしたら自分と正直に向き合えるのか」「どうしたら迷わないのか」に気がついた。それはとことん冷めた目で自分を見つめ、自分の気持ちを「明確にすること」と気がついた。明確になればなるほど迷いは消えた。そして楽しい。私の将来は「明確」が決めると確信した。
「明確」に感謝。
(2021.11.14)



やる気
11
月に入って肌寒くなった。
8
月以降何によらずなかなかやる気になれなかったが、最近やっとやる気が出てきた。なぜだろう。表面的には何によらず思うように行っていないのだが
静かに考えてみると、最近テレビをつけている時間が減って、自分と向き合う時間が増えた。起床時間が安定した。ルームランナーで歩く時間が安定した。歩く時間や距離に無理がなくなった。歩いている1時間半の間に声を出して自分の考えを明確に発するようにした。今自分の周りで起きていることに悩んだり、その問題を解決しようと思ったりすることはやめ、あるがままを受け入れ、将来の自分の夢や目標だけを明確にして暮らすことにした。
これらのことをやっていると、普段の生活でいやな気持が消え、なんとなく楽しく、将来の楽しみが増え、やる気になってきた。不思議だ。なぜ今のことは考えないようにしたのかわからないが、今のことを全部飲み込み受け入れると決断したとたんに、先の夢しか考えないようになった。面白い。
結局、好むと好まざると今起きていることは、今のことは過去にまいた種の結果なのである。将来のことは今まく種の結果なのである。将来が楽しく過ごせるようにするためには、今楽しくなる種をまかないとダメなのである。将来成功するためには、今成功の種をまけばいいのである。今のことは受け入れるだけで、考えなくていいのである。
ちょっとしたことから「面白いこと」に気づいたことに感謝。
(2021.11.7)



無理なく
11
3日文化の日祭日、いつもどおり午前3時起床。
ルームランナーで3時半から1時間20分歩いた。その後シャワーで汗を流し朝食。これを午前7時過ぎまでに終えたら一日のスタート。祭日で久しぶりにのんびりぼんやりとしていたら眠気が差し、朝から少し寝た。
そしてぼんやりしていると、ふとしたことに気がついた。
私は常々知らず知らず口にしている言葉がある。「無理しない、何事も無理せずやる。何事も無理せず続ける。」何気なく吐いている言葉なのだが、あっと驚いた。身近に答えを出している。身近に自分の生き方を示している。「これだ」と気がついた。なぜ口癖のようにその言葉を発するのかぼんやり考えてみた。
すると答えはすぐに出た。私の「気持ち」に無理がないということが大切なのである。ほかの人の場合は知らないが、私の場合無理してもうまくいかない。無理しても続かない。どうしたらうまくいくのか、どうしたらうまく続くのか。それは「私の気持ちが冷静で落ち着き、気持ちに無理がない」その時である。私の気持ちに無理がないときには、人様が無理だと思っていることでさえできるし、可能である。気持ちに無理がないと、行動も無理がない。ただ単に行動に無理がないのではなく、気持ちに無理がないことが大切なのである。気持ちが行動に出る。無理のない行動を先に考えると無理があるのである。気持ちが先である。まず気持ちに無理がないことが大切なのである。自分自身の内面に無理がないときにうまくいく。これだ。自分の内面である気持ちが整列していること・自分の内面が落ち着いていること・気持ちに無理がないことが一番大切なのである。
自分自身の口癖に感謝。文化の日の気づきに感謝。

*
追伸
私の場合「無理しない」と言うのは気持ちであり、行動ではなかった。それに気がついた。無理せず行動しようと考えてもどうしても無理してしまうし、人それぞれ環境や能力の違いがあるので「無理の」の物差しが違う。だが、気持ちは人の内面であるのでイエスかノーの判断だけなので、すべての人に共通である。問題の大きさなど関係ない。もちろん夢の大きさも関係ない。でっかい夢でもイエスなら叶う。どれだけ強いイエスかだけである。気持ちはイエスかノーだけである。
人間の脳の素晴らしさに感謝。人間の内面・気持ちの仕組みの素晴らしさに感謝。
(2021.11.3)


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